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目指すはiPS細胞の「心筋再生医療」実用化、科学者に憧れた医師の夢の軌跡
名医やトップドクターと呼ばれる医師、ゴッドハンド(神の手)を持つといわれる医師、患者から厚い信頼を寄せられる医師、その道を究めようとする医師を、医療ジャーナリストの木原洋美が取材し、仕事ぶりや仕事哲学などを伝える。今回は第21回。iPS細胞による心筋再生医療の実用化を目指す福田恵一医師を紹介する。(医療ジャーナリスト 木原洋美)
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● 「世界初」を積み重ね 「心筋再生」の実用化が見えてきた
日本は、iPS細胞による再生医療が最も進んでいる国のひとつだ。既に眼の病気治療への応用を皮切りに、心臓病や肝臓病等、さまざまな疾患に対する実用化が見えている。なかでも、一刻でも早くと大きな期待が寄せられているのが、福田恵一先生(慶應義塾大学医学部循環器内科教授)による「心筋再生」である。
心不全患者の数は、日本では130万人、米国では500万人とされている。心筋梗塞などにより心臓の組織が壊死(えし)を起こして心臓のポンプ機能が低下するのが心不全だ。失われてしまった心臓の組織は元に戻ることはなく、心臓移植しか根治の可能性はない。ところがドナー(心臓の提供者)の数は限られており、十分な治療を受けられず、つらい思いをしている人が大勢いる。
「日本で行われる心臓移植は年間50例ほど。65歳以上の人は心臓移植の対象にもならないため、薬で治療しながら死を待つだけ、という状況です」福田先生は、こうした患者さんを治療するために頑張ってきた。iPS細胞から作った心筋細胞による心不全治療を世界で初めて可能にしたのである。
ここに至るまでは、乗り越えなくてはならない壁が幾重にもあったが、すべて“世界初”の技術でクリアーしてきた。
1つは、誰からでもiPS細胞を作れるようにすること。
「(iPS細胞を発明した)山中伸弥先生が開発した方法は、腹部に直径8ミリ程度の穴をあけ、線維芽細胞を採取して作るというものでした。これだと身体に傷が残るので、若い女性とかは特に嫌がりますよね。そこで私は、わずか0.1ccの血液から作る方法を開発しました。世界で初めてです。しかも従来は3カ月かかっていたところを25日で作れるようにしました」
2つめは、細胞の純化精製。
「iPS細胞のすべてが心筋になれば問題ないのですが、心筋以外にも軟骨や神経、癌に変わる細胞など、いろいろなものが混ざっているため移植には使えません。そこで心筋細胞だけが生き残り、それ以外の細胞は完全に死滅させる培養液の研究を進め、開発に成功しました。心筋だけを純化精製する世界で唯一の方法です」
そして3つめは、シート状にして心臓の表面に貼り付ける移植用の心筋細胞を大量に培養する仕組みの開発。
「治療に必要な心筋細胞の数は数億~10億個です。これだけの細胞の培養を、人の手でやっていたら莫大な人数が必要です。無理な話なので、私は国から助成金をもらい、無菌状態のなかでロボットを使って機械的に大量に作る方法を開発しました。第1世代の機械では、完全滅菌で月に8~16人分の細胞を培養できます」
もちろんこれも世界初。ちなみに、眼病治療のための網膜再生に必要な網膜細胞は1万個。つまり心不全を治すには、網膜の10万倍もの細胞を移植しなければならない。この比較だけでも、心筋再生の難しさが分かる。
そんな前人未到の道を、福田先生は10年もの歳月をかけて切り拓いてきた。
さらに今年(2019年)4月には、iPS細胞から作った約1000個の心筋細胞を「心筋球」という塊にして、心臓を傷つけないよう先端を加工した特殊な注射針で重症心不全患者の心臓に移植する画期的な治療法を開発。臨床研究の計画を、同大の再生医療を審査する委員会に申請した。心筋球は成長して心筋になるという。1/4ページ