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夫婦の認知症は「うつる」と言われる…その深すぎる理由
怒鳴る、暴れる、治る見込みはない
「『誰だ、お前は。なんで俺の家にいるんだ。出ていけ! 』、毎日のようにそう主人から怒鳴られました。『私はあなたの妻です』と必死に訴えても、逆上するばかり。ひどいときは体を押さえつけられて、何度も殴られました。体中が痣だらけになっても、じっと耐え続けてきたんです。
死ぬ瞬間はこんな感じです。死ぬのはこんなに怖い
どんなに認知症が悪化しても、すんでのところで元気だったころの主人の笑顔が脳裏をよぎる。そのたびになんとか踏みとどまってきました」
そう語るのは、加藤美幸さん(仮名、78歳)。3年前に夫の清さん(78歳)が認知症になってから、懸命に自宅で介護を続けてきた。
何十年も連れ添った夫婦には、ふたりにしかわからない情や絆がある。それは、簡単に失われるようなものではない。だが、いつ終わるとも知れない介護生活を続けるうちに、愛だけでは耐えられなくなる瞬間が訪れる。
加藤さん夫妻は高校時代の同級生で、幼馴染み。学生時代からの恋を実らせて結婚し、ふたりの子宝にも恵まれた。子供たちが自立してからは夫婦水入らずの旅行も毎年欠かさず、近所ではおしどり夫婦と羨ましがられてさえいた。
だから夫の清さんが認知症と診断されても、美幸さんは病を憎みこそすれ、夫への愛情はずっと続く、そう当たり前のように信じていた。
「主人の症状は日に日に悪化して、暴力や暴言もエスカレートしました。夜中、急に目を覚まして、鬼のような形相で『なんだお前は! 家のカネを盗みに来たんだろう! 』と私の首を絞めるんです。主人は年齢の割に体格がよく、体重も70kg以上あった。暴れだすと手が付けられません。
私が日を追うごとにやつれていくのを見かねて、離れて暮らす長男は『父さんを施設に入れよう。取り返しのつかないことが起きてからじゃ遅い。おカネの用意も、施設探しも俺がやるから』と言ってくれました。でも、主人を見捨てることはできない。最後まで自分が面倒を見るという気持ちは変わりませんでした」
だが、気を張れば張るほど、美幸さんは憔悴していく。介護疲れがたたって、体重は激減。ただでさえ痩せ型だった美幸さんは、38kgにまでなってしまった。
「なにより辛いのが、出口の見えないまま状況が悪化していくことです。認知症は他の病気と違って、治る見込みはない。今以上に事態が良くなることはないんです。
毎日、主人に怒鳴られていると、ふたりが築いてきた日々がすべて嘘だったんじゃないかという気持ちにすらなる。それが悲しいんですよ。主人を愛しているからこそ、いくら尽くしても手ごたえのない日々が虚しくなってしまいました」
それは、もはや愛ではなかったのかもしれない。あれだけ好きだった夫に、いつしか憎しみすら抱くようになっているのも自分なら、それを絶対に認められないのも、また自分だった。
知らず知らずのうちにコップに水が溜まっていくような状態は2年半にわたって続いた。そしてあるときついに、コップから水が溢れてしまった。もう限界だった。
「些細な口論から主人が激怒して、リビングにあるものを次々に壊していったんです。その中には、息子たちと一緒に撮った家族写真のフォトフレームがあった。もちろん、本人はボケているのでそれが何かなんてわかっていない。でも、私たち夫婦にとって家族写真は宝物だったんです。
その瞬間、怒りに任せて暴れまわる姿を見て、妙に冷静になる自分がいました。『あぁ、もう主人にとっては、私との思い出はおろか、あれほど大事にしてきた家族との時間もどうでもよくなってしまった。もう、ふたりで築き上げてきたものは失われてしまったんだ』と悟ったんです。
最終的には長男の言葉を受け入れて、主人には施設に入居してもらった。今はその判断が正しかったと思っています」
夫婦の間で認知症はうつってしまう。たとえ認知症になった夫でも、自分の認知症が妻にうつることなど望んではいないだろう。悲惨な介護生活の末に共倒れをしないために、逃げ道を作ることも大事なのだ。1/3ページ