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認知症の疑いのある高齢者を救う、森田療法的アプローチ

100年前の1919年、私たち日本人が今まさに直面する超高齢社会、ストレス社会を予期していたかのごとく、森田正馬(もりた まさたけ)博士(慈恵医大精神神経科初代主任教授)が提唱した神経症の治療「森田療法」。「きわまった感情をあるがまま放置し、自然消失させる」という正馬の教えは、近年、神経症の治療のみならず、認知症、慢性の痛み、心身症など多診療領域に応用されはじめています。森田療法創始100年の節目として連載された「中村敬 森田療法式 心の健康法(全9回)」に続き、森田療法的アプローチを導入して効果を上げているパイオニア医師たちをご紹介させていただきます。第1回は、高齢者の認知症に森田療法のエッセンスを応用して治療の幅を広げ、認知症や軽度認知機能障害(認知症の疑いを含む)の初期対応・症状改善に成果を上げている、認知症治療の第一人者、東京慈恵会医科大学精神医学講座主任教授・メモリークリニック診療部長の繁田雅弘医師にお話を伺います。(談/東京慈恵会医科大学精神医学講座主任教授・メモリークリニック診療部長 繁田雅弘、構成/医療・健康コミュニケーター 高橋 誠)

● 認知症の疑いに 森田療法を生かす

 アルツハイマー型認知症の進行は、最近10~20年の間に半分から3分の1になりました。また、軽度の期間が2~3倍になり、軽度のまま人生を全うする人も増えました。2019年10月の日本森田療法学会では「新時代の森田療法、来たるべきもの」とのテーマで森田療法の有用性についての科学的検証をしました。もの忘れタイプの軽度認知症に対し最近になって導入され始めた森田療法的アプローチは、症状といかに付き合うかを明示し、80歳を過ぎても心身ともに元気で、趣味や旅行、スポーツ、健康な生活を長く楽しむための有効な処方箋の1つとして、森田療法の汎用性を改めて実証しています。

● 料理の手際が悪いのは、認知症の始まり? 70代後半、元会社員男性の苦悩

 今回は、認知症ではないか不安になった70代後半・元会社員男性の事例をご紹介します。20代の結婚当初から共働きの奥様よりも料理が上手で、ハードな仕事をしながら家庭料理はほとんど担ってきました。海外駐在経験が豊富な国際派のご夫婦。お互いのビジネスキャリアを支えあう平等なパートナーシップを築いてきました。リタイア後は料理学校に通い、奥様と外食に行くとそのレシピの再現を自宅でチャレンジするなど、さらに腕前に磨きをかけていました。

 ところが、75歳を過ぎてから料理の手際が悪くなり、日常生活でのもの忘れが目立つようになりました。毎年楽しみにしていた同窓会にも出席しなくなっていました。「2~3年前に比べるとすべてにおいて70%くらいのパフォーマンス。ひょっとしたら認知症が始まったのではないか」と心配になり、奥様に連れられて、「メモリークリニック」を受診、相談しました。

● 相談の内容 得意の料理がうまくできないし、もの忘れも頻繁

 得意だった料理がうまくいかないことが何よりもショックでした。1年ほど前からは、たまに大切な調味料を忘れることがありました。鍋とフライパンとの2つの料理の同時進行が苦になってきました。時間も余計にかかるようになり、味わいも少し変化してきたように感じます。当初は気にかけていなかったのですが、味見など、徐々に奥様に手助けを頼むようになりました。学生時代の友人や会社の元同僚と出かけるときに、財布や携帯を忘れてしまうことがしばしばで、支払いに困って奥様に届けてもらうこともありました。

 「もう以前のようにおいしく作れないのではないか。このままでは、さらに料理のパフォーマンスが悪くなるのではないか。忘れ物もしょっちゅう。妻に迷惑が掛かっている。認知症が進んでいるのかもしれない」と自信と意欲を失い、だんだん元気がなくなってきました。

● 繁田医師の回答 「本来の生活を取り戻してみませんか」

 ◎認知症かどうかではなく、これからの生活を考えましょう

 初診時の患者さんは、緊張、不安、戸惑いのご様子がうかがえましたが、抑うつ的な気分は特段見られず、お話の筋もしっかり通っておられました。

 診断の結果を伝える前に、患者さんに念を押すように、「これから認知症の検査をします。○○さんが心配でおられる状態が、認知症であろうと、認知症ではなく老化などであろうと、検査結果によって一喜一憂しないでください。今の状態にお困りで、今後が心配だから、今ここにいらっしゃるわけですよね?結果にかかわらず、これからどうしていくかを一緒に考えていきましょう」と伝え、患者さんと奥様のご理解を得ました。

 一連の認知症を確かめるテストは、MMSE(スクリーニングテスト)26点(23、24点未満は認知症の疑い)、FAB(前頭葉の働きのテスト)13点(14点以上が望ましい)、ADAS9点(0点から70点の間で少ないほうが良い)と、いう結果でした。

 「○○さんが心配でいらっしゃる状態は、認知症のごく初期も否定はできませんが、もの忘れのタイプの軽度認知障害(MCI) と判断できます。MCIとは、半分認知症になった状態と受け取る人もいらっしゃいますが、そうではありません。認知症の疑いがある状態、認知症のリスクが高まった状態、と理解してください」と伝えました。患者さんが少しほっとした表情を浮かべられましたので、

 「いやいや、○○さん。だからといって安心しないでくださいね。現に生活でお困りのことがあるわけですし、もう1~2年すると認知症という診断がつくケースかもしれないのです。いわばグレーゾーンで保留の状態。認知症ではないので、少しのお薬はそのまま続けていただきながらも、見失ってしまった生活から、本来の生活を取り戻すような養生の仕方を、ご一緒に探っていきましょう。グレーゾーンで保留の状態、中途半端の状態から、少しでも建設的な状態に近づいていきましょう」と伝えました。

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